初心の趣

カメラ初心者が石川県を中心に撮った写真をのんびりと綴っています。

敦賀の天満宮には動物の像が多くて何だか小さな動物園

福井県敦賀市氣比神宮に立ち寄った際、自分はいったん敦賀港の金ケ崎緑地公園に車を停めて歩いて向かった。そこで斜め上な狛犬たちを斜めな写真で撮り終えて、再び敦賀港へと戻ったのだが、その途中で、何だか長閑というか、庶民的というか、格式の高さをあまり感じさせない神社を見かけた。少なくとも氣比神宮と比べるとそう見えた。

百聞は一見に如かずということでまずはそこの境内の写真を見ていただきたい。

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どう見ても公園だ

しかも田舎の、緑の多が多くて土地も広い、子どもたちがのびのび遊べそうな公園だ。

でも奥の方で石造りの鳥居や灯籠が見えるように、ここは神社の境内だ。

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神社の名は「天満宮」という

天満宮の上には「郷社」と書かれている。

郷社というのは、むかしあった神社の等級、社格の一つで「諸社」に含まれる。郷社は府県または市から奉幣(ほうへい)を受けていた。戦後GHQによってこれら社格制度が廃止されたが、旧社格としてひっそりと名乗っている神社が多かったという。

※「奉幣」とは神前に供物を捧げることです。

 

郷社であったこと、また境内が公園のようであるという点を見ても地元に密着、または地元によって支えられ、逆に地元民を精神的に支えている神社であると思われた。

こう、公園のような境内であるが、神社であるからもちろん拝殿もある。

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拝殿の写真…こんなのしか撮れなかった

思いっきり傾いているし。

天満宮天満宮は全国にいくつもある)なので菅原道真が歳神だ。学問の神様だ。

もちろん、ここでもちゃんと参拝している。

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このようにしっかりとやり方も教えてくれてます

地元の人たちが子供の頃から接する神社であるから、子供の頃からちゃんとしたことを教えているわけだ。

また、拝殿だけじゃなく狛犬もちゃんと居る。

それがまた、

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かわいらしい

節々に丸みがあってシャープさがあまりない吽形の狛犬だ。

人間で言うと乳幼児のようなちょっとムチムチした体型だ。

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顔のアップ

首もほぼないですな。

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爪のアップ

爪なんかないかのような丸みだ。

子供が握った拳のようだ。

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尻尾のアップ

 こちらはクルッとしている。一見シャープそうに見えるが、まるでソフトクリームのようだ。

 

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阿形の獅子もぬぼ~っとしている

口を開けていても首にくびれがないです。

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 顔も獅子というより無邪気に笑う子供のよう

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ただし、爪はシャープ

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また、顔の左半分も黒いシミのようなもののおかげでいかつい

日陰のせいもあるが右半分の無邪気さに似つかないダークさがある。

子供のようで、男の猛々しさを忍ばせているようで面白い。

またはこの顔の黒いアザは男子のわんぱくさの象徴のようにも見て取れた。

黒いアザはこの獅子を製作した人の意図したものではないと思われるが、製作者の手から離れて独り歩きしていて、それはそれでユニークだ。

 

牛もいた

 ここの天満宮、人間の子供のような狛犬だけじゃなく、牛の像もあった。

御祭神である菅原道真公がたいへん牛をかわいがって大事にしていたらしく、遺言も「私が死んだら亡骸を牛車に引かせて、その牛が臥したところに葬れ」としていたらしい。その牛が臥した場所というのが今の太宰府天満宮ということだそうだ。

その話もあって、全国の天満宮では、

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臥している牛の像がある

横っ腹には加賀藩の家紋である梅鉢紋が見受けられる。

ただし、前田家は菅原氏の出を称していたことから、この家紋を使っていたのであって、もともとは天神の神紋(「菅原道真」の「家紋」)が梅鉢紋なのだ。

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狛犬をバックに顔のアップ

牛であるからこういう表現は変であるかもしれないが、人情味のある眼差しをしている。

そしてこれは牛だからこそ当たり前のなのだが、首は狛犬たちより太い。

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ここの天満宮の牛は首に鈴をぶら下げているのが特徴

撮影者が写ってしまうほどのクローム(鏡面)仕様だ。

これまで自分人身のパーソナリティはそれとなく示しつつもビジュアルはことごとく晒さないようにしてきた自分だが、どの角度から撮っても写ってしまうため、諦めた。

 

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拝殿前から見た境内の景色

 左側、阿形の獅子の影に隠れるように牛がいる。

さらに中央やや右側に見えるの手水舎だ。

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手水には龍がいる

二拝二拍手一のように、ここにも手の洗い方が書かれてあると有り難いなと思ったが、その説明はなかった。実際、すべて説明しようとすると長くなりますわね。

代わりにこのブログ上で説明を記してみるが、

 

「右手で持って左手を洗い」→「左手に持ち替えて右手を洗い」→「また右手に持ち替えて左手で水を受け止めて口を清め」→「再び左手を洗って」→「水をすくった柄杓を頭を上にして立てることで柄杓の柄を洗い」→「元の場所に寝かせる」

 

と、こういう流れになるので、「二拝二拍手一拝」のような七文字では済みません。

 

さらに、この神社の境内にはもう一つ社がある。

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「七面稲荷大明神」という

いわゆる稲荷神社だ。

稲荷だけあって、

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キツネがいる

 右端に見える古い半自動洗濯機も気になるが、狐に注目だ。

 

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右側のお稲荷さん

口に「玉」を咥えている。

お稲荷さんの像は、たいがい何かを咥えている。玉であったり鍵であったり、稲であったり巻物であったり、中には子狐を咥えているものもあるそうだ。

それぞれに意味があり、例えばこの玉は、稲荷神の霊力の象徴らしい。

だいたい、その霊力を引き出し身につける意味の「鍵」とセットとなっているのだが、

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この神社では「鍵」なのか「巻物」なのかどっちかわからないものを咥えていた

ほんと、どっちだ?

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アップにして別の角度から見てみる

知恵を意味する「巻物」にも見えるが…

わからないので、そのうちもうおでんの「ごぼ天」か、お菓子の「クレープロール」に見えてきた。

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「なんか文句あっか?」

って顔に見える…

 

まるで小さな動物園

狐も見かけたこの神社。再び手水舎の前まで戻り、公園のようになっている境内を見回すと、これまた動物のオブジェを目にできた。

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トラ、ゾウ、ウサギがいた

境内の芝生とあわせて、動物園のふれあい広場に思えてきた。

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ついでに新幹線のオブジェもあった

北陸新幹線の営業が開始され、東京-金沢間が2時間28分で行けるようになっているが、敦賀まではまだ北陸新幹線が伸びていない… 今後伸びる予定だ。

 

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ほかにもブランコや

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 すべり台もある

この境内が公園のようだと思わしめる一番の理由がこれらだ。

この日は休日であったからか人の姿がまったくなかったが、平日の昼過ぎには園児や児童たち、母親に連れられたさらに小さい子どもたちが遊んでいる光景が想像できた。

こうなると、鳥居の端をくぐって、手水で手を清めて、拝殿で参拝してなんて厳かな気持ちでここに立ち寄る子どもたちってほとんどいなのではなかろうか?

もっと気楽に、親戚の家の庭のように立ち寄っている姿を思い浮かべてしまう。

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すべり台の上から見た境内

おそらく、このあたりの子どもたちの幼少期の景色には、ごく自然に、当たり前のように石灯籠や鳥居、拝殿などが含まれているのだろう。

もしかしたら狛犬やあの牛も、トラやゾウたちと同じ動物のオブジェの一つと思っているのかも…

身近だ。そして長閑な神社だ。

庶民の自分にはすぅ~と腑に落ちる。

 

 

ちなみに長閑すぎてこのとき参拝者もいなければ宮司もおらず、社務所も閉まっていたため、御朱印を頂くこともできなかった。

もっとも、この神社にそういうのを求めなくても良い気もしましたけどね。

 

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近所の家の車庫で魚を干していた

神社だけじゃない、町全体が長閑だ。