いしかわ動物園で朱鷺(トキ)の一般公開が始まった
石川県能美市にある「いしかわ動物園」で11月19日より朱鷺(トキ)の一般公開が始まった。
日本でトキの公開を行っているのは他に新潟県の佐渡島しかない。
いしかわ動物園でトキの飼育をしていたことも、公開のために準備を行っていたことも以前から知っていた。いまではすっかり動物好きになっている自分としてはこの日が来るのをずっと待っていた。
しかも19日は土曜日であった。天気は悪かったが、いつものようにカメラを抱え、実物の動くトキを見るために車を走らせていた。
このロゴは園内に新しく作られた「トキ里山館」で見ることができる。
トキ里山館の入り口
外観はこのようになっている。
自分が到着したのは正午ごろだった。
午前10時半から開館式が行われていたそうで、自分が入園するのと入れ違うようにマスコミの人たちが同園を後にしていた。テレビもいれば新聞社もいた。
その開館式が行われた午前が入場者のピークで混雑していたようだ。自分が入ったときはぜんぜん空いていて、お客は数人、ほかにはまだ粘り強くとトキの姿を撮影しようとしていた新聞社数社のカメラマンさんたちが腕章をつけながら脚立の上でカメラを構えていたくらいだった。
この日はあいにく朝からずっと雨で、動物園に足を運ぶという人そのものが少なかったと思われる。
ちなみに館内はこうなっている。
観覧マップ
観覧できる通路はもちろん屋根があるので雨に濡れる心配なくカメラを構えていられる。
入り口の自動ドアを抜けるとすぐ右手にガラス越しに小さな湿地が見える。
そこに…
いた!
いましたよ、生トキが!
しかも計5羽もいた!
中には枝に止まっているものも!
人形じゃなくて生きているんです!
ビデオ映像じゃなくて、現実にそこにいるんです!
国内では野生絶滅、この国の特別天然記念物であり、学名「ニッポニア・ニッポン」と呼ばれる朱鷺を、恥ずかしながら自分は今日まで生(ナマ)で見たことがありませんでした。
いや、野生絶滅であるのだから、別に恥じゃないか。何にせよ、目にすることが出来て誉れに思えた。
ガラスの内側の様子
画像でもわかるように、ガラスのすぐ前には安全のためのネットも張られていた。そのため、写真としてはちょっと見づらくなってしまう。この点に関しては、現場にいた新聞社のカメラマンさんの一人も電話に向かって少し嘆いていた。
いしかわ動物園の職員の方が言うには、まだオープンしたばかりでネットを張っているものの、トキたちが慣れてくれば外すことも考えているそうだ。
こちらはエサ受け
トキは昆虫が好物だそうで、飼育員の方がこのエサ受けにバサッと虫をたくさん置いたりすることもあるという。
トキが食べるものも記されていた
ドジョウやヤゴ、タニシやミミズも食べる。
ということで展示場には採餌池(さいじいけ)と呼ばれる池も設けられ、浅い泥池のそこにはたくさんのドジョウが泳いでいた。
ガラスを隔てて採餌池の水中の様子も観察できる
このとおり泳ぐドジョウの姿を目にすることができる。この池には他にもメダカなども泳ぎ、よく見るとカメもいた。
トキがカメを食べることはない。さらに言うとメダカも食べない。食べないというか、正確には食べれない。
トキはクチバシの先の方まで神経が通っていて、クチバシだけでエサかどうかわかるため目に見えない泥の中や土の中の生物を捕まえて食べることができるが、実は動きの速い魚を採るのは得意ではない。「不器用な鳥」と呼ばれているくらいだ。メダカはトキたちからすると速すぎるのだ。ドジョウはまだ泥の中にいるので追えるらしい。
ちなみにトキは足も短いので、10~15cmほどの深さくらいの浅い池や湿地でしかエサを採れない。トキってもっとすんごい鳥かと思っていたが、その不器用さに親近感が湧いてしまう。
むしろドジョウのほうが賢く、トキがこの採餌池に飛んで来ると、現在張られているネットの裏側、つまりガラスの方に逃げてしまって、トキたちは採ることが出来ないでいるそうだ。ほんとズル賢さのない不器用な鳥だ。女性からすると母性本能をくすぐるようなタイプかもしれない。
また、展示場にはトキが住みやすい里山を再現するため棚田も設けられている。
棚田だ
石川県で棚田と言えば輪島市にある白米(しらよね)の千枚田が有名だ。見ていて千枚田にも行きたくなった。
その棚田の正面には「止まり木」もある
止まり木に止まってくれると円形や長方形の窓からフィールド観察することができる。
トキが飛び、その止まり木に移動してくれないだろうかと、自分はレンズを向けながらずっと 待った。
ところが、トキたちは5羽とも最初に撮った場所からちっとも動かなかった。
職員の人が言うには、午前の開館式では人の多さに驚いて飛び回っていたそうなのだが、そのせいで怯えてしまって、5羽とも同じところから動かずにいるとのことだった。
改めて5羽の位置を見る
最初に見たときとほとんど変わっていない。しかも、ガラスからは一番離れたところにいる。
ちなみにガラスはマジックミラーのようになっていてトキたちからすると黒く見える。
トキ側から見たガラス
このように暗くなって透明ではない。
とはいえ、これも職員の方が言っていたが、まったく見えないわけではないらしい。内側にいて観察する我々人間の影が動いて見えるので、そこに何かいるということは認識しているそうだ。
なるほど、ガラスの方に近づいてくれないのもよくわかる。
飼育員の方が言うにはこれも少しずつ慣らしていくしかないそうだ。
しかたなく自分は待った。それこそ根気よく待った。
同じように新聞社のカメラマンさんたちが数名、トキたちが動きだすのを待っていた。
…
…
…
…一時間は待った。
動かなかった…
どれだけ怯えているのか知れない… 彼らもなかなか警戒心が強かった。
そのうち園内アナウンスが聞こえてくる。レッサーパンダの餌やりタイムが始まるとのお知らせだった。
それも見たい!という気持ちも湧いたが、いや、トキが羽を広げる瞬間を撮ることが先だと、グッとこらえた。
そして再び、自分は待った。
カメラを抱え、ファインダーを覗き、いつでもシャッターを切れるようにマニュアルでピントだけは調整しておいて構えていた。ときに通路を動きながら、いちばんいい角度で撮れる場所はどこかと探しながら、待ち構えていた。
あの新聞社のカメラマンさんたちも根気よく待っている。
彼らも、どうしても止まり木にとまる姿や、翼を広げて飛ぶ姿を写真に収めたいようだった。
中には県外の新聞社の方もおられ、閉館4時半まで粘ると電車がなくなって本日中には帰れないと、電話に向かって話している声も聞こえた。
…
…
…
…
…
…
…再び一時間待った。
やはりその辺りから動かない彼ら…
いつの間にか松の枝に止まっていた一羽も下に降りている。
実はその瞬間を自分も目視しているのだが、そういうときに限ってカメラを構えていなかった。
時々翼をばたつかせるトキ
「飛ぶのか?!」
といった期待が高まり、自分も、同じように待っていたカメラマンさんたちも一斉にカメラを構える。
だが、思わせぶりだけで飛んでくれない…
それでもいわゆる「朱鷺色」(ときいろ)は撮ることができた
小さいながら、「朱鷺色」だ。
朱鷺色とは、トキの翼に見られる下面が朱色がかかった淡いピンク色だ。
翼をひろげてくれないと、まず見れないのだ。
固まったりしてかわいいが…
ほんとにその場から動こうとしない。
棚田に近づいたりもしたが…
地面をクチバシでつついて餌を探すだけだった。
そして再び定位置に戻ってくる
…
…
…
…
…
…
…さらに一時間は待ったろう。
あわせて3時間は待った…
我ながらよく粘った…
昼飯も食わず、よく耐えた。
時間がすぎるたび、園内アナウンスで、今度はライオンの餌の時間、ふれあい広場でウサギに触れれる、アシカが…云々といった案内を耳にした。耳にして、その誘惑につられそうになりながらも、「我慢」と念じて耐えていた。
同じようにずっと待っていたプロカメラマンさんたちを出し抜いてやろうと思ったりもした。彼らが諦めて帰ったとしても、ここまできたら自分は閉館まで粘ってやろうと臍(ほぞ)を固めたりもした。
もっとも、プロたちはプロたちで素人なんぞに負けるかと思っていたかもしれない。
3時間
我々はこんなにも長くトキたちが動き出すのを待っていたのだ…
バッテリーの残量が…
さて、ほとんどカメラの電源を入れっぱなしで待っていたため、そのうちカメラの電池がなくなってきた。予備のバッテリーもないため、自分は3時間が過ぎたそこで諦めることになった。
電池がまだ残っているうちに、自分は展示場に隣接した「学習展示コーナー」にも足を運び、その中の様子も撮ることにしたのだ。
学習展示コーナーは、止まり木の写真でも映っている日本家屋風の建物の中にある。
出口を出たところ
フィールド観察ができる窓だ。
丸窓から覗き込む
止まり木にやって来てくれていたらここで近い姿を見れるわけだが、彼らはずっと遠くの端っこ。ふてぶてしいくらい動かない。
この窓の前を通過すると、学習展示コーナーのある建物にたどり着く。
学習展示コーナーに入った
トキ以外の鳥も並べいろんな比較ができるような展示となっていた。
クチバシ、触れます
卵の大きさや足の形の比較などは一般的だが、クチバシに触れてその触感を比較するって新しい試みだと思った。
他にも、トキの体重がだいたいどれくらいなのか、ペットボトルで比較することもできて、これも面白かった。
秤に乗っている朱鷺のぬいぐるみがまたかわいい
量ってみた
ペットボトル2本分くらいだ。
こういうゲームもあった
トキの顔がリアルでなかなかキモかわいい。
かわいいといえば、フォトコーナーでもキュートな趣向がある。
こちらがフォトコーナー
トキのコスプレ、あります
オープンしたばかりだから、この衣装まだ新しい。
このフォトコーナー隣にある出口(入り口)には千羽鶴も飾ってあった。
その折り鶴が、よく見ると朱鷺だった。
なぜか千羽鶴…と思ったら
一羽一羽が朱鷺を模している
3時間前、この「トキ里山館」へと入るとき、入り口にはボランティアなのかブレザーの制服を着た高校生と思われる男女の若人たちが開館記念のポストカードとトキを模した折り鶴を手渡してくれていた。
それと同じものが千羽鶴になっていたのだ。
頂いた折り鶴とカード
この「折トキ」を見ると、オープン初日に出向いて良かったと思えてくる。
そしてポストカードを眺めると、「運が良ければこういう写真が撮れるんだよなぁ」と、3時間トキたちが動いてくれなかったことにため息が漏れた。
自分はいよいよ学習展示コーナーの建物も後にしていた。
学習展示コーナーの外観
漆喰のような白壁のむかしの蔵みたいな作りだ。
待った結果
外に出て、「トキ里山館」の外観を最後にキチンと撮っておこうと入り口の前までまわると、そこに年配の男性職員の方がいた。館内でトキが動くのを長~く待っていたとき、何度か話しかけてくれた方だった。
「今日は駄目でしたか?」
「そうですね、飛ぶのを待っていたんですが、今日は駄目のようですね」
「朝一番に来ると、結構動いていますよ」
「なら今度は早い時間にやって来ます」
こんな会話を交わして、その職員の方は館内へと入っていった。
自分は本日の〆だと思って、里山館の外観に向かってシャッターを切り始めた。
そしてひととおり撮り終えて、トキ里山館の前にある「アフリカの草原」にいるキリンを眺めながらしみじみとしていた。
よし、今日はもう帰ろうと思ったとき、背後から声がする。
「良かった、まだいた。トキ、今から飛びますよ」
声をかけてくれたのは、先程の年配の職員の方だった。ちょっと興奮気味に、職員の方は再び入館するよう促してくれている。
自分としては訳がわからなかったが、どうやら飼育員が中に入って、トキたちの餌を持っていくというのだ。そうすれば、トキたちも動き出すだろうと。
自分も興奮を抑えきれず、慌てて館の中へと入っていった。
飼育員さん登場
まだ館内に残っていた新聞社のカメラマンさんたちも俄に慌ただしくなり、カメラを構えだす。
職員の方は、エサ受けのまわりに好物の虫を撒いていた。
トキたちにあまり過度の刺激を与えられないものだから慎重に巻いていた。そしてゆっくりとトキたちにも近づいていく。
当然、トキたちは警戒しだす。
敵じゃないといった素振りで何気なく近づく飼育員の方
そしてついに、
3時間の我慢比べ終止符が打たれる。
翔んだ!
しかも止まり木に!
これを見て、館内にいたプロのカメラマンたちが一斉にフィールド観察の窓の方へと走り出した!
自分も遅れて早足でそちらに向かった!
「館内では走らないでください!」
と、怒られてしまったが、自分を含めカメラを抱えた者たちは移動する速度は抑えても興奮を抑えることはできなかった。
外に出てフィールド観察の窓の前に出ると、プロのカメラマンたち数人が止まり木の一羽が一番よく見える窓を占拠していた。
素人の自分も何とか隙間を見つけて撮った。
隙間すぎた
それでも何とか一枚撮れた!
プロたちは一心不乱にシャッターを切っていた。仕事だから熱量が自分とは明らかに違う。
しばらく動きそうになかったので、先に飛んでいる姿をしっかり撮ろうと自分は館内へと再び戻った。
ちょうど、一羽が羽ばたいていた!
撮った!
…
…
…
…
…
…
…その瞬間、
カメラの電池が切れた。。。
慌てて撮った一枚は、見事にピンぼけしていた。
それでもなんだろうか、この高揚と満足は。
ここ数ヶ月では一番の達成感があった。
プロやベテランカメラマンは自分が撮りたい写真、例えば風景写真のために何時間も待ったりすると言うが、その苦労がわかった気もした。途中でやめられない心情も共感できた気がする。
完全燃焼した自分は、呼び止めてくれたあの年配の職員の方(その周りには他の職員の方々もいた)にも報告した。
「撮れましたか?」
「何とか、止まり木でも、飛んでるところも! そして最後の最後で電池が切れました!」
決して上手くいっていないけど、報告していて楽しかった。
ここ数ヶ月で一番の達成感は爽快な達成感だった。
自分は職員の方々にお礼を言って帰った。
今度は晴れの日に訪れて、次こそはもっと上手く撮りたい…そう思った。