七尾市の小丸山城址公園を歩いて以来、一度行ってみたいと思っていた七尾城跡に、先日足を運んできた。
道中、七尾城史資料館なるものがあったので、そことその隣の懐古館に先に立ち寄ってきた様子を本記事にてまずまとめたい。
まずは七尾城史資料館へ
知識は浅いが自分も歴史が好きだ。
歴史が好きだから城も好きだ。
地元の城を一つ一つ研究してみたい、とまではいわないまでも、その城跡を歩いてみて歴史の風を感じてみたいとしばしば思う。
そんなライトな気持ちから今回は七尾城跡に行ってきた。
場所はその名の通り七尾市にある。古城町というところだ。
城跡の地図
地図だと山の中にあって目印みたいなものが少なく分かりづらいかもしれないけど、近く(お膝元)に先日サッカー部が星稜を破った鵬学園なんかがあるところだ。
その城跡へと向かう道中、 七尾城史資料館なるものもある。
地図でいうと城跡からちょっと北の方に山を下ったところに位置し、県道177号線沿いにある。
七尾城の歴史等を学ぶこともできるところだ。
七尾城に関する自分の知識としては、上杉謙信が攻め落としたくらいしか知らない状態であったので、まずはこちらに立ち寄って知識を蓄えることにした。
ということで立ち寄ってきた
こちらが「七尾城史資料館」の入り口だ。
なんか関所みたいだ。
中に車で入ることはできないものの、その手前に数台停めれる駐車場もあるので車でやってくることができる。
敷地内に入ると右手にむかしの茶室が
市内の旧樋爪家住宅の庭園にあった茶室だそうだ。
大正末期に京都高台寺の傘亭(からかさてい)を手本に作られたそうで日本最小の茶室と言われているらしい。
茶室のことはよくわからないけど、なんかいきなり歴史っぽい雰囲気を感じさせられた。
こちらが資料館の建物
入館料は大人200円。
館内は残念ながら基本的に撮影ができない。
そのため館内の様子は以下文章で伝えたいと思う。
まず、入るとすぐ一階にて七尾上をCGで描いたビデオを見させてもらえた。
どんな形の城だったのか、そこでまず学べるのだ。
You Tubeでも見れる
ということで動画もUP。
コレを見た限り、かなりの山城、というか山そのものが城みたいなところだとわかる。
知らなかったことだけど、この城って、戦国の名城だと言われている。
その城主は能登の畠山氏。
畠山氏はそもそも足利一門の有力家臣だ。1400年頃に畠山基国が能登国守護職に任ぜられている。
基国は能登だけじゃなく河内や越中、紀伊の守護職も兼務していたんだけど、その基国の次男・畠山満慶(はたけやまみつのり)が畠山氏が治めていた4つの国のうち能登一国を割いたことから能登畠山氏が始まったそうだ。
2階に上がると城内や城下から出土された茶碗や容器、城主であった畠山氏の武器や書なんかが展示されていた。
城主の愛用していた刀なんかは個人的にとても珍しいなと思った。(撮影できないので写真はありません)
ちなみにこの館そのものは昭和三十八年に城主・畠山市の子孫である畠山一清翁によって建てられたそうだ。
七尾城は戦国時代の天正5年(1577年)に上杉謙信によって落城させられている。
七尾城に初登城した謙信は「絵像に写しがたき景勝」とこの城をむっちゃ褒めている。
上杉謙信が病死した後は、織田勢の前田家が入ることになるんだけど、その頃にはもう山城は時代遅れとして、小丸山城を築いてそこに移ってしまっているので、七尾城は使われなくなったそうだ。
館の前にはスタンプも設置
七尾城って日本100名城に数えられている。
そのスタンプラリーのスタンプが置かれていた。
押しました
石川県内ではほかに金沢城もこの100名城に数えられている。
県内ではこの2つだけなので、七尾城がたいそう立派なものであったと、今更のように知った。
でも、何がすごいのか、自分はこの時点ではまだぼんやりとしていた。
なお、この七尾城史資料館の隣に「懐古館」(旧飯田家住宅)という国登録有形文化財もある。
資料館にて別途大人一人200円を払うとその中も見学することができた。
懐古館にも立ち寄る
七尾城が100名城に数えられるくらい凄いのはわかったけど、何がすごいのかまだまだぼんやりとしていたので、懐古館にも入ってよりこの城について学んでみようかと考えた。
こちらが懐古館
江戸時代後期に建てられた茅葺屋根の家だ。
加賀藩の庄屋の住まいだったそうだ。
あくまで加賀藩時代なので畠山氏時代の七尾城と直接関係はないのかもしれないけど、せっかくなので自分も中に入って見学してきた。
なんでも「古い能登の生活と精神を支えた家の持つ重々しさと哀しさと美を伝える」ところらしい。
こちらも館内の撮影は基本的に許可がいるのだけど、カメラを首にぶら下げて入っていったら、管理人の方が「どこでも撮っていいよ」とこちらから頼む前にOKをしてくれたので、中の様子の写真を以下に並べたい。
スリッパを履いて上がります
床が冷えて冷たいらしく、スリッパが置かれているのでこれを履いて上がっていくことに。
スリッパのままで畳の上も上がってOKだった。
立派な古民家
立派な自在鉤だ。
茅葺屋根で天井も高く、こういう囲炉裏に憧れてしまう。
ただ、管理人の方が言うには管理が大変らしい。
茅葺の家って火を入れないと25年くらいで駄目になるらしい。知らなかった。
むかしの道具や
漆器なんかも展示
これ、輪島塗ですな。
飯田家はもともと珠洲の方の家だそうで、そこで200年くらい続いた後、七尾に移ってさらに200年くらい続いているそうだ。
栄えたのはやっぱり北前船が関係しているとのこと。
見上げると武器なんかも置かれてました…
江戸時代の武器だそうだ。
一番上のものは逮捕用の「袖搦み(そでがらみ)」というものらしい。
その下が薙刀。3番目は稽古用の「たんぽ槍」というものだった。
その下の襖も年季を感じさせる
すんごく立派な襖。
同じ部屋の欄間
石動山ゆかりの欄間だそうだ。翁媼(おきなおうな)の図で、こちらは媼のほう。
両面彫りになっており、表と裏で図が違う(光量の問題で写真を撮れませんでした)。
欄間をくぐった先の部屋
罰当たりかもしれないけど、仏壇も撮ってしまった。
左手の天袋の下に置かれているのは、同じく石動山ゆかりの大黒天さまの像だ。
仏教だけではなく台所を守る神でもあるようで、七尾城主の畠山氏が代々、大黒天を厚く信仰していたそうだ。
思わぬところで畠山氏の勉強になった。
縁側へ
庭を眺めながら歩くこの縁側が古民家ならではの風情があって良かった。
ずっと歩いていたくなる。
縁側から眺める庭
隠し井戸なるものがあった。
戦国時代と書かれてあったので、その頃のものだろうか。
書斎だろうか
奥には武者人形も見える。
読めません
中学生の頃、自分、漢語が苦手だったなぁ。
別室には飯田家が購入したという漆器の数々も展示
ほとんどが伊万里だそうで、慶事のたびに購入していたものだそうだ。
北前船で七尾港にもたらされたものだと考えられるとのこと。
こういうのもそうだと思われる
骨董品収集の目的で集めたものではないそうだが、どれも貴重でお高く見える。
おお、上皇さま夫妻の若かりし記念品も
慶事のたび、というのがよくわかる。
七尾城を攻略した謙信の絵も飾られていた
上杉謙信は難攻不落の山城である七尾城を調略を用いて攻略している。
攻め落として入城した時、ちょうど九月十三夜で月が綺麗だったらしい。
本丸より眺めた七尾湾がその月に照らされて美しかったとのことだ。
そりゃ、景勝を褒めますわね。
謙信の勉強になったと思っていたら「信玄袋」なるものも
明治中頃に流行ったという旅行用の手提げ袋だそうだ。
城とは関係ないかもしれないけど、これも勉強になる。
おかもちもあった
この庶民的なアイテムにすんごく惹かれてしまった庶民の自分。
もう七尾のむかしの生活がわかれば何でもありだ。
ほかにも色々と展示
祭りの写真なんかも飾ってあって、古い能登の生活も確かに感じられる。
正院焼の獅子牡丹図の大皿も展示されていた
正院焼きというのは幕末にいまの珠洲市の正院地区で数年間焼かれていた焼き物だそうだ。
この飯田家が七尾に来る前に珠洲市で200年続いていた歴史がわかる一品だと思う。
こうして家の中を一周してきて再び玄関へと戻ると、入ってくるとき注目しなかったものに改めて目を留めたりもした。
土間にも大黒天さまがいた&カゴなども
台所の神様がここにも。
もうなんだろうか、七尾にある小さな江戸村みたいな気がしてきた。
玄関に戻ってきて改めて気づいた謙信の図
結構目につくところに置かれているのにいまさらのように最後に気づいた自分。
こうして見てもやっぱり七尾城にまつわるものも置かれているので城の勉強にもなるところだと思われる。
江戸になって作られた建物だということを考えると、七尾城の歴史を後代より客観的に伝えているところなのではないかと、そんなふうにも思えた。
なお、ちょっと変わったものではこんな展示も同館では行われている。
和錠展示会 日本4大錠
かなりマニアックな展示会だ。
その一部も撮影
こういった錠前がいくつも展示されていた。
すごい世界だと思った。
次は七尾城の本丸を目指します
以上、城跡へ目指す前に立ち寄った七尾城史資料館と懐古館の紹介だ。
城の歴史を知らずに城跡を歩くのと知って歩くのでは感じる歴史の風も違うだろうと思ってできる限り見て回ってきた。
実際自分は城主の畠山氏の存在すらわかっていなかったので、大変勉強になった。
なお、資料館の敷地内には観光案内所もあったので覗いてきた。
こちらが案内所
だれでも出入りできる。
七尾の祭りの写真や七尾城への歩きコースの地図なんかも貼ってあった。
中でも自分が刺激を受けたのが…
七尾城まつりフォトコンテストの写真
こんなまつりがあって、そんな楽しい撮影もやっているのかと知ると、ますます七尾城跡に行きたくなったのだった。
資料館の受付の方には行き方を、懐古館の管理人の方には景観の良さも教えてもらったので気持ちもいい具合に高ぶっておりました。
次回はその七尾城跡の本丸へと実際に歩いた様子を紹介したい。